むこう川 2003


2003.1.4

まー、お正月ということで…テレビで日本民謡の番組を見てたのですが…
私は三味線と太鼓ばかりが気にかかる。ミゲルは笛ばかりが聞こえるそうで、
一緒にテレビを見ていてもふたりの聴いている音は違うらしいのだった。
めでたい歌はさすがに調子も明るくてやたら軽快だね。でもやっぱり私が
いちばん気に入ったのは「なんとか節」よりも、獅子舞いのときの伴奏。
どうもお囃子系が好きらしい。

番組表で南米関係の番組を探してみました。皿を目のようにして。
「桂南光」を「桂南米」と読んでしまうありさまです。今年もよろしく。


2003.1.12

ロスムシス東京新年会も3年目。信じられない時の流れ。
私のことを知ってくれてる人がみんな消えてしまったら
私の存在もゼロ。そんな気がする。
トトラの浮島みたいな私。ていうか、その中の1本のトトラ。


2003.1.15

今年初のすごい雪。この雪はまるで今の私そっくり。
上から下に降るのじゃなくて、斜めへ横へ上へ、スローモーションかと思えば
突然ぐるぐると荒れくるう。運命は決まっている。地面に落ちて消えるだけ。
でも今、どっちが地面か空かもわからないほど、揉みくちゃになっている。
…やがて雪は重たくなって、頭の上に、シャカシャカシャカシャカ、降り注ぐ。
かき氷の器の中にいるようだ。このまま真っ白に埋まってしまえたら…


2003.1.19

扁桃腺炎と胃荒れのため、5日間のアルコール自粛。
解禁直後のキツイお酒は効きすぎて〜以下自粛。


2003.1.20

ふとしたきっかけで大昔の自分の録音を聴く。
カセットテープ6本分。夜を潰してしまった。
しかし。たまらんな、これ。


2003.1.21

南北とも、赤道が近づくにつれ湿り気を増す。キーワードは『竹』。
子供の頃よく竹林の中にいた。カラダの中に酸素がしみ込む〜とか、
わけわからんことを言いながら。
私は笛は吹かないし、あまり聴きもしないし。でも
この季節の乾いた風に唾液混じりの笛の音吹き荒れると良い感じ。
見かけがカスカス、ヘロヘロだと、なお良し。


2003.1.22

不景気、不景気、更け行き、老け逝き、、、吹け息!吹け息!
息ぐらいでは吹き飛ばせられないだろうけどね。
たったひとりのユーウツですら。

この同じ道を何千回、何万回、違う私が歩く。
もはや感動もなく固定した目玉に、オーバーラップ、フラッシュバック、
一生取り憑くかに思われた悪夢は、ある朝突然、跡形もなく消える。
「はい、どうぞ!」「・・・これじゃない。」
長い間待ち続けた後で、並ぶ列を間違えていたことを知る。
そして、真っ白な新しいページに立っている私。
懲りないね。懲りないよ。


2003.1.30

知ってますか?
クスコ県とペルー国は相似形。
日本の場合はね、昔、列島をチョット壁に立てかけといたときにね、
滋賀県の真ん中がパラッと剥がれ落ちて瀬戸内海にボッチャン。それが淡路島。
開いた穴の方は琵琶湖っていうんだよ。
えっえっえっえっえええっ、それ本当?
・・・・・・・・・・・・・だって、そうとしか思えないじゃん・・・。


2003.2.7

気持ちの悪い花がらのぬるま湯なんかで、癒されやしないっつーの。
疲れたときに欲しいものは、ひたすら静寂と闇。
ところで私は今、疲れてなんかいない。風に向かって歩く。スタスタと。
私は甘いものをすすんで食べないけれど、マイ・フェバリット・スウィート、
チョコレートは食べる分だけ手に取らないと、とけちゃうよ、とけちゃうよ、
どんなにビターなやつでもね。ベタベタするの嫌いでしょ。
私は弱くない。崩れかかったりしないから安心して。
そう、私はビターチョコレート。今は冷たいところに、ほっといて。


2003.2.8

夢は、現実を知る為に見るものなのかな?


2003.2.10

丸1週間調子の悪かったストーブが、修理に来てくれる前夜、けろりと直ってしまった。
修理屋さんは何もせずに帰ってしまった。その後ストーブは正常だけど。
数ヶ月間ずっと調子の悪い私の喉も、医者に行こうと思った日には不思議とマシで、
たいした薬も処方してもらえず。。。けれど、私の喉はストーブと違って、すぐにぶり返す。
そして一向に完治しない。
それで今日こそは、医者に「こりゃひどい!」と言ってもらうべく、昨夜わざとビールを
ガンガン飲んでやったのだ。案の定、朝から喉が脹れている。よっしゃあ〜!と思ったら…
なんやかやグズグズしているうちに医者に行く時間がなくなってしまった。明日は祝日、
また当分医者には行けやしない。ああ、何やってるんだか…!(うぅ、のど痛い)
このところ、そんなこんなで、いろんなことでタイミングはずしてばかりばかりばかり!
「無理しない」は私のモットーではあるけれど…「これも神の思し召し?」って
いつもみたいに「まあいいか」って、割り切れないこと多すぎて、ああ、いやになる。
まるで、降りたい駅で降りられなかった満員のバス!右折できず直進に流されるバイク!


2003.2.23

『近況1週間 ’03』
月曜日はビールを飲んで〜 火曜日もビールを飲んで〜
水曜日はケーナを吹いて〜 木曜日はサンポーニャ吹いて〜
金曜日もビールを飲んで〜 土曜日へべれけ、電車もない〜
日曜日はムシ会だけど〜 夜遊び禁止で〜すぅ〜〜〜

(注意:↑この物語はフィクションです。)

ところで話はゼンゼン関係ないことに飛びますが、今回のムシス練習会
わけあって2次会は早々に失礼させていただきましたことをお詫び致します。


2003.3.1

もし私が男に生まれてたら今頃…背広着てネクタイして頭七・三にして
ギター、べんべけべけべけ、弾いてたかもしれませんなあ〜。
同じよなオッサンばっかのトリオでね。ああええなあ〜オッサンは…!


2003.3.11

3月の雪。胸の中の石ころ。行き交う人の黒いコート。街は動く油絵。
…いろんな疑問が湧いてくると、人生苦しくなるばかり、だね。
大切なトモダチがいつまでも私を好きでいてくれますように!


2003.3.15

反省ばかりしている人間というのは、実に、反省ばかりしなくちゃならない
ものですな。ひとことでいえば「凝りない人」ということでしょか。
私はときどき頭がおかしくなるけれど、だいたいにおいてゴキゲンさん♪
さて、と。お勧めCDのコーナーでも作ろかと…思っちゃいるんだけど。


2003.3.22

最近ギターを弾いていても、わずかにできることを使い回して適当に伴奏
してるだけじゃないの?と自分で思う。昔と比べるといつのまにか、新しい
ことを覚えようという意欲がそうとう減ってる気がする。「何か弾いて」と
言われて何も出てこないのは、3年前と同じじゃないか…。がっくり。
もっとレパートリーを増やさなきゃな、と、2〜3年前に自分で書いた楽譜を
引っぱり出してみても、弾けないどころか、曲をすっかり忘れていたりして、
ヤレヤレ、トホホ、です。3歩進んで300歩下がる、て感じ。

先週バイト先のMacがお釈迦寸前で一命をとりとめ、私自身も命拾い。
脳みそはアルコール過多、ブレーキに油さしすぎ、整備不良の心やばし。
慌てて部屋の掃除、パソコンの掃除、頭の中の掃除。春だしな。

2年前にやりかけて挫折したポトシの曲を引っぱり出してきて歌う♪
現地録音のCDから酒場の演奏みたいなやつのギターの音をとる。
自己嫌悪なときは、まず、「かっこいい」と思えるヤツを見つけることだな。
そして、尊敬しつつ解体分析。地声のままでエキスをモノマネ。OK!


2003.3.25

最近テレビを見てて思う。
若いっていやだ、若いってハズカシイ、若いって情けない、、、
昔は私も、かわいいバアチャンになりたいなんて思っていたが、それもヤだ。
そうかといって、クソババアッになりたいわけでもなく、べつに何か「なりたい」
なんて思うものはなく、もうなにがなんだかわからない理解不能の生物として
何の役にも立たないことに没頭して死の、と思う。


2003.3.27

あ、さくら咲いてるら〜、と、ひとりつぶやく。春って感じ?
コートの袖の中で、腕がスカスカ自由なこの感じ。春の感じ?
だけど私は、しろくまになりたい。
氷の海を泳ぐのさ〜、アザラシの子を食べるのさ〜、
口のまわりを血だらけにして…。


2003.3.28

10歳以上も年下のペルー人青年が、故郷クスコの古い歌をたくさん歌ってくれた。
「次はポニタサン、日本の歌を教えてください。」とギターを渡されたが、困ってしまう。
日本の歌と言われても、幼い頃歌った童謡と小学唱歌、そんなのギターで弾き語り
したことないしなあ…。あとは歌謡曲少々と最近のコマーシャルソングぐらいしか
思いつかないけど、「はじめてのアコム〜」とか「さかなさかなさかな〜」とか
「なんでだろう〜」だったら、今年日本に来たばかりのペルー人ですら知ってるし…。
「じゃあ、竹田の子守り唄、歌ってください。」と言われ、「そうだ、それがあった!
これぞ日本のメロディー!しかもこの歌の発祥地・竹田は、私が生まれて8歳まで
暮らした町のごく近く(同じ区内)であり、これぞ彼のワイノ・クスケーニョに対向できる
私の町の伝承曲ではないか!」 …と思ったが、歌詞を覚えてなくて、ガクリ…。
家に帰ってから、たしかここに歌詞が載っていたな、と、
『放送禁止歌/森達也著(解放出版社)』という本をめくる。
「竹田の子守り唄」は、70年代にフォーク・グループ“赤い鳥”が歌ってヒットした
らしいが、子供だった私は、なんとなく聞き覚えがあるという程度で、まさか自分の
家の近所の竹田の歌だとは思ってもみなかったし、そこに被差別部落があった
なんてことも、まったく知らなかった。「竹田の子守り唄」は、「子守り唄」といっても
子供を寝かしつけるための子守り唄ではなく、子守り奉公をする貧しい少女たちの
労働歌であり、被差別部落で発祥したとか差別表現が含まれるとかで放送禁止と
なったらしい。“赤い鳥”の昔のレコードでは一部の歌詞が抜けているが、2000年に
発売された“紙ふうせん”(元・赤い鳥のメンバーふたり)のCDでは5番まで歌われて
いるとあり、「それ、聞いてみたいなあ」と思ってたら、なんのことはない、前述の彼が
聴いていた「竹田の子守り唄」はそのCDのものだった。なんでそんなCDを持ってるの
かと思ったら、彼の叔父であるプカソンコのセルソさんが、サンポーニャ、ボンボ等で
録音に参加していたのだった。不思議なところで縁がつながり、円となる…。まる。


2003.4.6

大阪府吹田市にて、フォルクローレワークショップ2003開催。
十余組のアマチュアグループの演奏発表と、ベテラングループ、タンタナクイによる
ワンポイント・アドバイス付き演奏。皆が力を合わせて企画制作したなんとも暖かみ
のあるイベントで、皆さんのパワフルさがちょっと感動的。出会いもたくさん!
夜は西尾邸にて、インティワタナ、ロス・アイレス、グルーポ・ユイのジョイントライブ。
それぞれ個性的でMCも楽しく充実したステージに、満足、シアワセ、でした。
昼夜合わせて見るとますます膨大なる収穫の日であったと思います。


2003.4.13

プカソンコ主催バーベキュー大会。天気の良い淀川河川公園にて、ペルー風串焼き
やセビッチェ、タコスなど食べつつ、ビール飲んで吹いて弾いて歌って踊って…
お手伝いに来ていた、ロックが好きという18歳のペルー少年は、サルサ踊りながら、
日本人の演奏するフォルクローレを遠くから(冷ややかに?)眺めていましたが、
私たちがクスコのワイノ、「サクサイワマン」を歌い出したとき、急にニヤニヤ笑って
そばに寄って来たのが印象的でした。


2003.4.16

ライブレポ/4月14日(月)キリンプラザ大阪
出演:岡田浩安(Z、Q)、西元寺哲史(G、Vo)、渡辺亮(Per)


はっきりいって、出演者の皆さまには大変大変失礼な話ですが、『ビール飲み放題』
に強く惹きつけられて行ったライブでした。朝から胃の具合が悪かったんですが
胃薬を飲みつつビールを味わい(そこまでするなって)、そこで、西元寺哲史という人
とその人のギターに、やられてしまいました!!名前ぐらいしか知らなかったので
うちに帰ってからインターネットで検索してみますと、あっちこっちで絶賛絶賛絶賛の
嵐嵐嵐ぢゃありませんか。だからもう、私はこれ以上何も言わないよ。
というわけでレポートなし。(おいおい!)ライブ、見るべし!(おいってば!)

ライブ終了後、西元寺さんからCDを買おうと思ったら既に売り切れで、「えええ〜〜」
と叫んでいたら、それを見ていたM部氏が、「私のは後で送ってください。」と言って
自分の買ったCDを私に譲ってくださいました。神様のような方です、ありがとう!
おかげさまで、その夜からずっと、朝も昼も夜も聴いてます。もう3日目。


2003.4.19

イスとテーブルをすみに押しやって、床でお茶を飲む。
家じゅうの扉と窓を開け放し、イルカ語の歌を聴く。
なまあたたかい雨が一日中。そしてこの部屋も水の中。

すべての予定がキャンセルになった土曜の夜。
雨上がりのアスファルトを踏んで、チューハイ買いに行く。
蛍光灯を消して映像だけのテレビ。そして、音楽。
ここはもう海の底。


2003.4.25

いい音楽って?要するに、ドーパミン!!!ドパッドパッて感じ?
音楽を聴くわけ、やるわけって?結局、好きの度合い。
心に響く演奏するのって?決め手は集中力。集中しようと頑張る
のではなく、自分の世界にすぅっと入っちゃう人が、かっこいい。
当然ながら、自分の世界を持たない人は行き場所すら無く…。
どれだけ魅力的な世界を広げられるかって?それは日々暮らす
想いの織り重なり。24時間、求め続ける幸せな心ちゃん!


2003.4.29

「ちょっと寄って帰ります」と言って、
ちょっと酔って帰ったら、怒られた。


2003.5.8

このところなぜか毎年5月には、ぎゃふん!と言わされるんだけど、
今年はな〜んとな〜く幸せな気分でいます。
痛いのは例の薬指だけ。2年も前、骨折したことすら忘れかけてるのに
雨の夜に、雨のよに、ギター弾けば、ああああいたいよぅ…ためいき。


2003.5.13

毎日雨が降る。アンデス村の森は深まるばかり。緑は濃くなって
もはや、どれが桜の木だったのか、誰も思い出すことはできない。


2003.5.15

小さなことでいちいち苦しむことなく平静に生きていたいと思うのに、
自分が平気になったとたん、今まで平気そうに見えていた人の顔が
寂しそうに見えて、私は泣きたくなって、自分を引き裂きたくなる。


2003.5.19

5月18日(日)兵庫県三木山フォルクローレ音楽祭に今年もロス・ムシスで出場。
天気も良く、気候も良く、気分も良く、とてもたのしいお祭りでした。
ただもう、去年は30組だった参加グループが、今年は一気に50組に増え、
“三木山ジレンマ”は募るばかり。
・演奏聴きたい・練習もしときたい・テントで売ってる民芸品や楽器も見たい
・ひさびさに会った知り合いと話したい・初めて会った人とも仲良くなりたい
・お店の人とも話したい・ビール飲みたい・肉食いたい・踊りたい・叫びたい
・遊びで演奏したい・まったりしたい・写真も撮らなきゃ、録音しなくちゃ!
いっそがしぃ〜い!そして翌日は体のあちこちが痛く、とてつもなく眠い!


2003.5.22

“三木山ジレンマ”は終わっても、何十年も続く慢性ジレンマは膨らむばかり。
いまだに、「やりたいこと」と「できること」のギャップが埋まらない!


2003.5.23

買ったはずのレイモンド・テベノのCDがいくら探しても無いのだった。
まだ聴いてもいないうちになくなってしまった。家中探しても見つからない。
そのCDを買った日はベロンベロンに酔っ払って電車も途中でなくなり、
乗り合いタクシーでヘロヘロ帰って来て夜中中説教されたような日なので
どこかに忘れて来たのかもしれない。でもカバンに入れたはずなのに。
やむを得ずもう一度買ったのだが、それからしばらくして、ごく当たり前の
場所(ペルーのCDはきちんと分類して並べている)に鎮座ましましており
まして、これが今年の七不思議ベストワンな出来事なのでした。


2003.5.24

恥ずかし恥ずかし、世の中は恥ずかしいことだらけだから、あまり顔を
上げないで歩こう。飴食い競走、顔面まっしろけ、飴が見つかんないっ。

ポップスやロックとはまったく質が違うものなの?フォルクローレって。
茶碗とコンピューターウイルスぐらい違うものなの?
だけど巷ではウイルス入り茶碗が蔓延し、茶碗型ウイルスも密かに開発中。
もちろん子供の頃からロックを聴いて育って、中学生で「ロックは死んだ!」と
宣告されちゃった私たちには、「ドラム、ベース入りのフォルクローレが新しい。」
なんて思えるはずもなく(発想としてはむしろダサダサ)、でもま、古い新しいは
どうでもよくて、良ければ良いのだから、まったく、良ければ良いのです。

からっぽ頭にアンチテーゼは意味なし。というか、「無」に対立すべきものは
なにもないわけで。ごたくを並べず、黙ってスッと侵入すればよろしいのです。
石のような事物に対しましては、大きな武器が必要かもしれません。私は戦うの
嫌いだからほっときますけどね。もっと手ごわいのは、コンニャクのような、
水が詰まったような、それら、手だてなしですわ。近寄るべからず。

とある若手音楽家たち。自分の頭の中に思い描いているものだけを求めて
コンサートにやって来た人たちから、「こんなのフォルクローレじゃない!」
「こんなの聴きに来たんじゃない!」など言われ、「アタリマエじゃ!わしらかて
フォルクローレだけやってるつもりないわっ!聴きたなかったら来んなっボケッ!」
とも言うに言えず、傷心のままに活動休止状態に突入…なんてことも有り得る。
だから前から言ってるんだけどね、居場所を間違えてんだよ、君たち。
教室のチョーク箱に、飴は入ってないんだってば。


2003.5.29

缶チューハイはいいね〜。発泡酒より安く、アルコール2倍!


2003.6.8

6月6日(金)『ウタウ葦笛/横浜・エンクエントロ』
6月7日(土)『アンデスのこだま/東京都江東区文化センター』
このふたつのコンサートの、レポートなんかを書いてるはずだった今日。
「行くゼェ〜!」と盛り上げるだけ盛り上げといて、風邪にて欠席。ガックッン!
何年ぶりかわからない39度を越える熱もようやく下がったものの、
ゴホゴホと咳き込みつつ、これもまた運命、と思う、現在の私。
今日は朝からミゲルはケーナ作りの集まりに出かけたので、私は消音テレビ
で北朝鮮の超微笑番組を眺めつつ、トリオ・アヤクーチョなんぞ聴いている。
最近のテレビ番組は字幕が多用されるので耳が悪くなっても結構イケるかな、
など思いつつ。(実はこないだ耳から血が出て神経質になっているのさ〜。)
いや、しかしやっぱし音の無い世界はやはり苦痛だろうな。いま私は音の
無いテレビを見ながらも、上質なアヤクーチョ歌謡を聴いておるのだからして。
と、ふいに浮かび上がって来た名前、マヌエルチャ・プラド
ん?この曲は…?と気にかかって作者を見るとこの人であることが多いのだ。
なんだか心意気が“ROCK”なギターオヤジである。そういえば最近買った
まだよく聴いてないやつがあったな、と『SAQRA』というCDを出してきた。
いきなりファンキー!何が始まるのかと思えばソウルフルなサクサイワマンピ。
ぶっこけました。ホームページも変だし。気になるオヤジである。


2003.6.13

高い熱が出て汗をぐっしょりかいた後の肌は、赤ちゃんの肌のように
フワフワとやわらかくしっとりして、二の腕に顔を押し当てると気持ちいい。


2003.6.15

6月14日(土)『ミスティ/六本木・ノチェーロ』、行ってきました。
咳止めシロップ飲み飲み、タオルに顔をうずめながら新幹線に乗って。
いい空間でした。いい時間でした。皆さん、とっても、いい笑顔でした。
何度でもリプレイして見たい、聴きたい。そんな演奏でした。ぽわわん。


2003.6.18

風邪が治らない。梅雨真っ只中の蒸した街、重いからだを引きずって
どしゃ降りの雨の中ゼイゼイ歩いて、冷房の効いた特急電車に乗って
マラソンランナーみたいに呼吸を整えることだけに意識を集中させて
「次の電信柱まで走ろう」と思い続ける日々。


2003.6.19

ああ病気はいやだな。
すべての予定が停滞して、時間を無駄にしている感じ。いらいら。
『えー、その件につきましては、また後日・・・』
ああいやだな。チャンスが通り過ぎていくのを虚ろな目で見ている。

ただの風邪とはいえ(ただの風邪ゆえ余計に?)3週間以上も長引くと
いいかげん腹が立ってくる。体力はすっかり消耗、リハビリが必要かも。
ふと我が脚を見ると、ますます腹立つことに、全く意味のない無駄な毛が
すくすくと生え育っている。ああもう!何を考えてるのや、私の体よ!!
こんな毛を生やすエネルギーがあるくらいなら、病原菌撲滅と体力回復
に全力を尽くしてくれ〜!まったくぅ!

風邪をひくのは何のためだろう?重病への注意信号?何かの警告?
子供の頃と違って小さな病気が後々までひびく今日この頃としては
『身体的人生の転機』にすらなり得るような気がする・・・
あああ、無駄な思考!病原菌撲滅と体力回復に全力を尽くせってばぁ!


2003.6.22

私はもう、ふぬけですよ。すっかり滅入りんこ。
土から出てきたものの、殻を破る体力のない蝉の幼虫のやうです。
「背中のファスナー、おろしてくださらない?」(って、違うやろっ!)


2003.6.26

咳が止まらない。シロップ中毒になってもしらんぞー!ラリホー!

とはいえ、普通に呼吸のできる時間が少し多くなってきたかな?と思ったので
薬を止めてみた。ちょうど切らしたところだし。
そしたら特急電車の中や本屋さんの店内などで、発作のような咳が出て
止まらなくなり、息ができずヤバイ!涙と鼻水も出て、見ため的にもヤバイ!
ヤバイ、ヤバイ!てなわけで、咳止め薬服用再開。やれやれ。

会う人会う人から、「痩せたんちゃう?なんか悪い病気ちゃう?」と言われる。
痩せちゃあいない、ウエストサイズ変わらず。多分やつれただけ、とほほ。
もう一度病院に行った方がいいかなあ?でも美容院にも行きたいよ!と思う。
顔がやつれて見えるのは、髪が伸びっぱなしのせいでもあるんだ、きっと。
ちょうど、そろそろ切りに行かなくっちゃという時に風邪をひき、ひと月近くも
ゴホゴホいって髪の毛どころじゃないものだから、もうほとんど、ひと昔前の
貧乏フォーク・シンガーのような髪型になってしまったわけなのです。
応急処置として前髪を自分で切る。
おお、なんと!ひと昔前の清純女子高校生に早変わりぢゃ!(髪型だけです。)
ついでにロングスカートをはいて女装してみる。(髪型だけなのに…)
調子に乗って、シルク混のカーディガンをはおって日傘を差して歩く。(-_-;)
私は病気の少女ですぅ〜〜〜。(その正体は、たぬきのショジョジですう。)

う〜む、ブ○コデせき止め液は良く効くのである。らりほ。


2003.6.29

今年も半分終わった。私の人生も半分終わってるんだろうな、しらんけど。
ともかく、雨ニモ負けず、風邪ニモ負けず、この6月を終えようとしている。
ギターを弾いてる自分をビデオで見た。姿勢が悪い。前屈みになる癖がある。
もっさいな。音の輪郭が見えないのは、録音機器のせいなのか?どうか?
梅雨の合間の晴れた一日。風邪もほぼ治ったし髪も切った。ほぼ絶好調。
ひとりの休日に、私、何してるのかな?ままならない人生。ああ、もっさ。


2003.7.3

紫陽花の群れ、桔梗のつぼみ、くちなしの香り、青いトマト、ザーザー雨。
彼女はひとりで天国にかけ上がったり奈落の底を覗いたり、忙しい毎日。
だけどもう子供じゃないから、雨の中で遊ぶのは楽しいだけじゃないって
知っている。 ね、ほら、また風邪ひいちゃうよ。

夜にますます雨は強くなり、暗闇にはくちなしの香りだけ。
くちなしが言う。「言葉にならない、言葉にできない、雨の音を聞いて、、」
ザーザーザー、しかしよく降るね。

♪こ〜んなに雨が、降〜る夜は〜、『オリオンビールのうた』を歌うのさ〜
そう、喉の調子がすっかり良くなったら、飲みながら歌ってあげよう。
だからこの世界を滅ぼさないで。ボクのともだち、雨の夜のミューズ。


2003.7.11

もっと強く願えば、もっと正しく願えば、何にでもなれたのに!

お金や夢や、いろんなものを追いかけて、気がつけば時間に追いかけられる
毎日。それが人の仕事。それが日常。誰もがいそぎすぎて、擦り傷だらけ。

たとえばチリの最南端に立ち、氷の海を眺めたら、日々のつまんないことや
重苦しさは忘れられるかな? そのとき強くなる思いは何だろう?

梅雨の明けないこの街で、かき氷が頭に降り注ぐのをイメージしてみる。
そうして頭を冷やしたら、面倒な仕事もサクサクと片付けていこう。
今ここに無くとも、心の中にある大好きなものを持ち続けていよう。


2003.7.14

最近の変化について。(副題:歳をとったということでしょか?)
・・・学生の頃から20年近く使ってきた二槽式洗濯機を、全自動式に買い換えた。
その古い二槽式洗濯機は、購入当時すでに全自動が普及していたにも関わらず
「使い慣れたのがいいから」と、わざわざ探し回って買ったのだった。変なこだわり。
新しい機械は、電話にしろ電子レンジにしろオーディオにしろ、旧製品と比べると
一長一短で、必ずと言っていいほど、前より使いづらくなっている部分がある。
これでいいのか?人類!と思うんだが、まあ、そのうち馴れてしまうんだな。
・・・本屋でふと目について、ボサノバ・ギターの入門書を買った。昔、ボサノバは
すかしているから嫌い、なんて思っていた。(じつは昔、ラテン全般が嫌いだった。)
コードネームは覚えられないけど、形通りに指を滑らせていくととても気持ちいい。
この「気持ちいい」という感覚を忘れちゃったら、弾くことに何の意味があるだろう?
ワイノを2、3曲歌って、ボサノバのコード練習、を繰り返す。どちらも気持ちいい。
・・・子供の頃は『真実』が知りたくて、やたら目を光らせていたけれど、今はぼんやり
半眼で、夢ばかり見ている。真実は夢の中にあるのかも、なんて思いながら。


2003.7.15

ミゲルは最近、中古レコード屋巡りに凝っていて、ときどき良いものを見つけてくる。
今日は何を思ったのか、リサイクルショップで 3980円のギターを買ってきた。
飾り気のない、ヤマハの量産品。高価な材料は使ってなさそうだけど、造りは悪くなく
傷みもなく、なかなか良い音で鳴る!とても軽くて、高音の震える感じがお気に入り!
ああでも、ミゲルが弾くらしい・・・(笑)


2003.8.2

もう一度聴きたいある曲を探して、押し入れの封印を解けば、引っ越し業者の
大きな段ボール箱2個にぎっしり詰められたままの古いカセットテープを発見。
レンタルレコードのダビング、FMのエアチェック、そして日本のマイナーロック
のライブハウス生録の数々・・・。20年前の、10代の私の、上手くない文字で
びっしりと手書きのタイトル、わけのわからない挿し絵付き、(笑)
2倍の年齢になったところで、人間て根本は変わらないのだな、と呆れます。

・・・今はフォルクローレを聴きながら、頼まれた楽譜など書きながら、、、
ふむ。特に演奏がスゴイ!というわけではないけど、選曲のセンスがいい
グループってありますね。まあ、そう感じるのは単に自分と好みが似ている
のでしょうけれど。ほんの少しの嫉妬と、大いなる尊敬。

同じ合い言葉や思い出や、未来の夢を含んだ、そんな人の音を聴けば、
そのニヤニヤした顔や、ヘラヘラした首の傾げ方など思い浮かべれば、
いつでもどんな季節でも、風が気持ちよく感じられて、人生悪くないねって
思えて、すっかりゴキゲンになれる。ふああ〜、しあわせ、って笑えちゃう。
なのにまたすぐ、不安を募らせたりしちゃう。ばかだね。ばかだけど。

ギターの弦を張りかえるついでに、コテコテに汚れていた指板を、LEM-OILで
磨いたら、新品のように美しくなりました。しっかしギターケースの内側のスポンジ
が劣化して黒い粉を噴出するもんだから、すぐにボディが真っ黒になんだよー、
意味ねぇじゃん!どこかに軽くて丈夫なソフトケースないかなあー?


2003.8.3

《日曜、朝のわたし》
・・・携帯電話の着メロを“Caminito de Huancayo”にしてみました。
今まではプーノのマリネラ、“Ciudad del lago”でした。
(といっても、普段はずっとマナーモードなんだけどね。)
・・・きのう発掘したテープ、ジャックス、はっぴぃえんど、など聴いています。
夏の好きな少年にぜひお勧め。テレビのCMなんか信じちゃ駄目だよ!

《日曜、昼のわたし》
どんなジャンルでも、60年代のものが素晴らしいのはどういうわけだろう?
リアルタイムでは知り得なかった60年代から70年代の初め頃のレコードをよく
買い漁ったもんだ。今だにそうだな、60年代のペルーを追っかけている。

《日曜、夜のわたし》
・・・十数年前に買ったコンポステラという日本のチンドン・バンド(?)のCDを
聴いていたら、なにやら聞き覚えのあるメロディーが。なんとロシア民謡などに
混ざって、ビクトル・ハラの「耕す者への祈り」をやっていた。へええ〜。
・・・夜遅くには、ジェイソン・フォークナーという比較的新しい(90年代の)
アメリカン・ロックを聴く。そして瓶ビールをラッパ飲み。
あのね、魂の次元で話をするならば、私はね、、、あはは、酔っ払いです。
せっかく着メロ変えたのにね、「新しいメッセージはありません」てか・・・


2003.8.10

En Restaurante PUKA SONCCO/飲み食い演奏会(←勝手に仮称)
エル・シエロ、地上の星、カチャルパリでラグナ、カミノ・ア・ナスカなどのアマチュア・
グループや、「フォルクローレを楽しもう会」の皆さん等々が集り、それぞれ、2〜30分ずつ
演奏発表。一般の聴衆は無しということで、ビールを飲みながらの気楽な演奏(宴奏?)
でした。(といっても本当にヘロヘロに酔っ払ってたのは私だけだったかも?)
フルメンバーが揃ってなかったグループも多くて、普段とは曲目やアレンジを変えたり
助っ人をまじえたりして、それはそれでおもしろかった。
じつは今までこの手の集まりでは、なにか不完全燃焼というか欲求不満の残ることが
多かったんだけど、最近少しずつ、好きな曲を多くやれるようになってきたので幸せ♪
自分に理解のできない曲を弾かされるのは苦痛だけど、好きな曲はイイな〜♪
今日はどのグループがやった曲も、気持ち良く聞こえた。みんな上手いじゃん〜♪


2003.8.11

たとえば、美空ひばりのモノマネを得意とする人が、美空ひばりと同じだけの歌唱力を 持っている、とは限らない。
ある人が、美空ひばりのように歌えないからといって、その人はモノマネ上手な人より 歌が下手である、と言えるわけでもない。
そして、エンターティメント性というのはまたぜんぜん別の話。
何に心を惹かれるか、何に涙を流すか、というと、それまたぜんぜんぜんぜん別の話。


2003.8.12

朝、寒さで目が覚めた。8月なのに。
毎日知らない外国人から(の名前で)わけのわからないメールがどっさり届く。
大切なメールを間違って削除しないようにしなくっちゃ。
CD屋さんで、新着のチリ盤を試聴する。貸し如雨露。


2003.8.14

世間はお盆休みということで、オフィス街はなんとなく退屈だったのさー。
んで昼食からの帰り道、大雨警報発令中だちゅうにメール見ながら歩いてたら
携帯電話、壊れました。ハハ、着メロ作ったばっかだったのになー。


2003.8.24

今年でロスムシスとして参加3年目の『鹿教湯ストリートフェスティバルまつり(仮称)』
いちばん楽しみにしていたのは、演奏よりも酒。いや、関東のメンバーに会えること。
しかし今年は参加者が少なく、そろそろムシスも休眠入りか?なんて考えも頭をよぎる。
そこへ、私にとっては寝耳に水の訃報がふたつ続けざまに舞い込んだ。
ああ。私のつまんないつまんない憂鬱が、何か違うものに変換されていくような気がした。
結局ムシスは、1日目5人、2日目6人での演奏となった。演奏グループとしてはごく普通
の人数だけど、現在メンバーが40名いるムシスとしては、たった8分の1の心細さ。
担当楽器もあたふたと決め、慣れない楽器を担当する人もいて(私だ)、良い演奏には
程遠かっただろう。けど、今、自分にやれることを精一杯やらなくては、と思いました。


2003.8.18

うう〜、なんでもないテレビドラマを見て泣いてしまう〜。
楽しいはずのかけゆ温泉行きが迫っているのに、なぜだか憂鬱だし。
そうでなくてもオデコにダメダメ・シールを貼って歩かなきゃいけない私。


2003.8.15
新しい携帯電話はカメラ付きだよお〜ん。

  事故撮影、もとい、自己撮影。 →

2003.9.18

先週のある昼食。同じ店を転々とするのに飽きて、初めての洋食屋さんに入ってみた。
Aランチが魚フライ、Bランチがサンマの塩焼きというので、あっさりしてそうなBランチを
頼んだのだが、サンマ1匹とみそ汁と出し巻きと切干大根煮、つけもの、とここまでなら
普通だったのが、さらにクリームコロッケとマカロニサラダと麻婆豆腐つきだったので
仰天した。しかも各々しっかり単品で出せるほどの量で、もちろんゴハンもてんこ盛り!
後から隣の席に来た女性は、「ゴハン半分にしてください。残してしまうので。」と注文
していた。し、しまった、そのように注文すべきだったのだ!すでにてんこ盛りのゴハンに
箸を付けてしまっていた私は、もはや残すことも許されないのだーーーっ!
・・・・・・そうして、その日以来ずっと、胃が重いのだった。
胃の具合が悪いと、体の不調だけではなく気分も重苦しく鬱っぽくなってくる。人の好意
すら疑ってしまったりして、最悪!困った。そうだ、歌でも歌って元気を出そう!

   救いようも なく、かなしい、ヤ、ラ、ビィ〜〜〜〜 (ボロロ〜〜〜ン)
   涙を流すために 生まれてきたのです〜〜〜私は(字余り)  (ボロ〜ン、ボロ〜ン)
   ××になりたかった (ボロロ〜ン) ××でいたかった (ボロロ〜ン)
   かなわぬのなら、消えて〜〜〜〜〜しまおお (ボロ〜ン)
   すべての、、、、、、想い出とともに (ズンチャチャ・・・)

うっぎゃあ〜〜〜、あかんあかん!誰か助けて〜〜〜!!!


2003.9.22

きのうは『第1回京都フォルクローレ音楽祭』に参加させていただきました。
ショッピングモール内のオープンステージで、アマチュア十余組とプロのゲストの演奏でした。
行き交う一般のお客さんも足を止めて聴いてくださり、なかなか盛況でした。出演グループは
皆それぞれ個性的で、似ているグループがひとつもなかったのがおもしろかったです。
私個人的には、ステージで歌を歌うのが初めてだったせいか、“初対面の知り合い(?)”が
多かったせいか、妙〜に緊張してしまい、指が硬くなって、間違えないように弾くだけで精一杯
という余裕のない演奏になっちゃいました!うぅ、だ〜めだめ!修業が足りませ〜んなぁ〜!
ようやく気持ち良くなってきたときには、最後の曲でしたとさ。とほほ。
ちなみに今回の曲目は 1.Potosino Soy, 2.Vaso de Cristal, 3.Caminito de Huancayo, 
4.Lunarcito, 5.Tomasa でした。ご来場の皆様の暖かい手拍子に感謝!

注意:今回の演奏は“ロス・ムシス”ではなく、初心者3人組“マルビビル”です。
   ムシスでは今年の鹿教湯ストリート・フェスティバルでも1本マイクで歌ったんでした〜(ゾッ)



2003.9.28

MUSICA DE MAESTROS / 奈良県王寺町やわらぎ会館
とにかく楽しいコンサートでした。行って良かった!得した!という感じです。
私は演奏を見ているとき、よくしょうもないことをゴチャゴチャと考えてしまうのですが、
この日のコンサートは、幕が上がってカラフルな北ポトシの衣装が目に飛び込んできた
瞬間から、頭の中をからっぽにして楽しむことができました。
バラエティに富んだ曲、菱本さんのわかりやすい解説、衣装、踊り、あらゆる点において
上手い!ですね。終始、自然と笑顔が浮かんでくるようなステージで、フォルクローレを
初めて聴く人でも飽きることなく楽しめたのではないかと思います。会場に来てなかった
フォルク仲間の顔を思い出して、「来れば良かったのに〜」と残念に思ったり・・・(^^;

コンサート終了後は、カサ・デ・ラ・パパさんのご厚意により親睦会にも参加させていた
だきました。関西で古くから演奏されている方たちもたくさん来られていて、ワイワイ
ガヤガヤ、怒涛のように食べまくりました。(食べまくりはうちのテーブルだけだったか?)
私はマエストロスのメンバーとは、恐れ多すぎて(というか語学力に問題が?)よう話しま
せんでしたが、皆さん気取りのない、そしてステージ上と同じようにサービス精神旺盛な
方たちでした。そしてついに始まってしまった生演奏!おろくん、ゆなちゃん、上野さん、
Tetra-Potさんも笛を吹き、(あれ?ムシスばっかりだ!)、最後はロランド氏のケーナで
『Encuentros』。お店の人に怒られないかとヒヤヒヤしましたが、たのしかったです。


2003.10.5

CESAR LA TORRE / マサラバザール(大阪府高槻市)
もう5、6年プカソンコと付き合いのある私なのに、その現メンバー、セサルさん
(彼はもともとプカソンコの古いメンバーですがずっと昔に脱退して去年の春に再加入)
のソロ・コンサートを見たのはこの日が初めてでした。ロス・インカスやプカソンコの
お店でちょこっと演奏してるのとかは見たことありましたが。
なんて言ったらいいんだろ、独特なケーナの音色、ゆっくりした話し方、とても心和む
空間でした。メロディの綺麗なちょっと悲しげなエクアドルの曲を多くやっていました。
もちろんペルーやボリビアの曲もありましたが、美しい選曲。山のにおいのする演奏。
前半は日本で有名な曲をたくさんやりましたが、とても好感の持てるアレンジ。
ケーナの伴奏にデジタル・シーケンサーを使用するも、それほど違和感はなく、うまく
使っているなあという印象。ラインどりのギターの音も深くやわらかく、軽快なリズムも
どこか悲しげな響きが良い感じ。


2003.10.11

RUPAY / 伽藍洞(兵庫県垂水市)
関東を拠点に活動しているペルー人グループだそうです。ほとんど予備知識なしに行きました。
私が伽藍洞に行くのは2度目で、前回は3年前のKALLAWAYA来日のときでした。その時は
風邪で38度を越える熱があり咳も出るので咳止めシロップを飲み飲み見てたのでした。
なぜか今回も2日前より発熱。当日は少しおさまって微熱程度でしたが。なんでだろぉ〜?
さて、人脈より入手した情報ではケニスタが、LOS AWKIS のセルヒオさんということだったの
ですが、この日はお休みで別のメンバーでした。非常に残念でした。
でもなかなか陽気なライブでした。
第2部の後半ではGRUPO YUYのマリキータさんが飛び入り参加で、お客さんも全員起立で
お店中ひしめき合って盛り上がりました。彼女の手首の回転の速さとノリの良さにメロメロ!


2003.10.13

ラテンフェスティバルMDC / ハーベストの丘(大阪府堺市)
毎年体育の日の連休に2日間開催されており今年で4年目です。去年までは、1日目が
誰でも参加できるフォルクローレ演奏会、2日目はゲストミュージシャンの演奏、と分かれ
ていたのですが、おそらく会場側からの要求で、今年は2日間とも12時から2時までの
2時間のみが一般参加できるフォルクローレの演奏でした。ということで、あっという間に
終わってしまうのと、2日に分散したため会えないグループもあって少し寂しかったです。
私は出番のない12日も応援に行くつもりだったのですが、風邪がグズグズと治らないため
自宅で体力温存することにしました。12日は天気も良く、とても盛り上がったそうです。

13日(祝)。朝は大雨洪水警報が出る大雨でしたが、お昼には雨も止み、問題なく進行。
私たちマルビビルはあまり余裕のない時間に会場入りして、ギターをケースから取り出すと
オー、ノー!弦切れとーる!! U氏(恩人!)に弦を借りて張り替える。地面は朝の雨で
どこもぬかるんでいるので、立ったままチューニングして、ちょっとだけ音出し。すると、
立った方が歌が歌いやすいことがわかり、ステージでは椅子に座るつもりだったけど、
急きょ立って弾くことにする。雨のおかげで新発見だ!(というか、この日はギターが
気楽な曲が多かったんだよな〜。次回、ややこしい曲ではやっぱ座って弾くと思います。)

お客さんは例年に比べたらぜんぜん少ないけれど、この天気によく来られましたねぇ〜
と感心するくらい、いました。うちらの演奏はなんだかわけがわからんままに終了。
「MCで言い訳するのはカッコ悪いからせんようね!」とミゲルに言っていた私でしたが、
いきなり、弦が切れたこと、風邪ひいてること、などをベラベラ喋って言い訳してました。NG!
その後、カチャルパリ・デ・ラグーナのサンファニート、カルナバルが心地よく、ワイラさんが
登場すると何故かその名のとおり風が吹き荒れ、澄んだ歌声が空に響き渡っていました。
MDCといえば最高の青空というイメージでしたが、曇り空も涼しくて良いものでした。

「手拍子お願いします!」って叫んじゃって、そんな自分に自分でびっくりーーー。


2003.10.18

なにやらこのところまじめに(というかちょっと義務的に?)イベント・レポートばかり
書いている。自分で読んでもちっともおもしろくない。
目の前のことだけに埋没しがちな毎日、私が私であるためにヒツヨウナモノは・・・?
最近ラテンアメリカの映画をいくつか見た。ゆめのような映像。ついでにBBC制作の
ドキュメンタリー(詳細は内緒)も見た。過ぎ去ってしまえばまさにゆめと言えるいくつ
ものシーン(=現実)。どこにいてもいつでも星の方角を教えてくれるボクノミューズ、
・・・旅するボクが住みたいと思う場所は唯一キミノユメンナカ・・・


2003.10.26

某国際交流イベントにて代役の代役で大恐縮しながらも、Malvivirが演奏することになった。
会場はフォルクローレのイベントで何度も出たことのある場所だったけど、この日の南米
関係の出し物はうちだけだったし、黙っていたので知合いは2人くらいしかいなかった。
そのせいかどうかわからないけどほとんど緊張しなかったし、本番前の練習では自分でも
びっくり〜なくらい良い感じに、左手も右手もしっかりと弦をとらえていて、好感触だった!
しかし!本番ではやはり実力不足を痛感!緊張しまくりでもないのに、小ミスしまくり。
お客さんの反応は・・・、うう〜〜む、ニコニコしている人もいるけれど、どうなんだろう・・・?
身内がいないと、こんなものかなあ、なんというか反応薄。マンドリン、ケーナ、ギターという
編成の曲はどうしても音数が少なくて寂しいんだよね〜。私はオーバーアクション気味に
地面を踏み固めながら(10月13日以来立って弾いている)ペルーワイノ演奏中に、思わず
「手拍子お願いします!」って叫んじゃって、そんな自分に自分でびっくりーーー。


2003.10.27

食欲の秋と言われる昨今、皆さん如何おすごしですか?
胃の具合が悪くてあまり食べられずそのせいで体力が落ちてすぐに風邪をひき
風邪薬でまた異が荒れて・・・なんてことではいけませんよ!(って誰だ)

・・・日々のささやかな努力目標・・・
『ビールがおいしく飲めるように生きよう。』


正確には、『安い発泡酒でも、できる限りおいしく飲めるようにその日を生きよう』
てな感じ、でしょうか・・・。(はは、最近ほとんど達成できてませんが。)

ビールをおいしく飲むために生きよう。。。毎日それを目指して生きよう。。。
ここで、PAUL WELLER君(18)の登場。 ♪ I need you to keep me straight..
ちょっとした支えがあればちゃんとしていられる。自分を好きな自分でいられる。
てな感じ、でしょうか・・・。 え?ポニはアルコール依存症じゃないかって?
とんでもない!来週ビールをおいしく飲むために、今週いっぱい断酒だって
できるもん! (う〜〜〜ん、、、  たっ、たぶんね。)


2003.10.28

どこそこのイベントに出ただの演奏してきただのと偉そうに言ってると、私のことを
“そこそこまともに演奏できる人”だと誤解する人がいるかもしれません。
念のため言っておきますが、私が人前で「音楽」を「演奏」したことはほとんどない
と言っていいです。これは私個人の問題なのですが。

早弾きとか即興とか複雑なコードとか超複合リズムとか、難しいことはやれなくても
構わない、2つのコードと5つの音で十分だけど、ひとつひとつの音がバラバラだと
死にたくなる。せめて音楽としての形をとどめられたらよいのに、と思う。
MCなどで、「次の曲は〜」とか「〜を演奏します」とか言うとき、いつも抵抗を感じる。
「曲」とか「演奏」とか「音楽」とかいう言葉を使うのがはばかられる。なんか違う。
後で録音を聴くとギャアアアーと叫びながらのた打ち回りたくなる。

音楽は、何もないところに音をひとつずつ加えていくという行為によって形作られて
いくが、次に考えるべきは、「いかに音の数を減らすか?」ということではないか。
ようするに「無駄」と「間違い」を省けってこと。(はは、何も残らなかったりして、、、)


2003.10.28

年末が近づき、誕生日が近づき、テレビで自分と同世代の女優や元アイドルが どんどん老けていくのを見ると憂鬱になる。(相変わらずワケのわからない 藤谷美和子など見ると、安心するような情けないような?だけど・・・(^^;)  ああ、これから先の人生いったい何があるんだろう?私には子供もいないから、 すでに老後って感じだし、後はたいしたトピックもなく、身寄りのない老人となって 体力ガクガク衰ろえていきながら貯金もどんどんなくなりながら与えられた寿命まで生きて、 何も残さず死ぬだけか〜。 なんて、とことん暗くなって、最低に悲観的でうっとおしいワタシ・・・

・・・キューバ音楽のビデオを見た。爺ちゃん婆ちゃんとっても元気でもの哀しくて 素敵だ。
ステージなんかなくても、いつでもどこでも、道端で、庭で、即興で歌って踊る。 彼らの歌う哀しく切ない愛の歌は、そりゃもう、その辺の若者が歌うラブソング なんかとはぜんぜん違うわけで。
うむ。歳をとるのもいいもんだ。歳をとらないとできないことってのがあるもんだ。 願わくば彼らのように、 いくつになっても一緒に歌って演奏できるような仲間に囲まれて暮らしていたいもんだ。 だけど実際、友達ったってそれぞれの生活があっていつでもそばにいられるなんて ほとんどありえないだろうし、今の日本じゃいつでもどこでも演奏するってわけにも いかないだろうね。 ああ、とことん暗くて最低に悲観的でうっとおしいワタシ・・・

お告げ・・・旅は目的地よりも道中を楽しむもの。先のことを煩うな。


2003.10.29

「助けて!」って叫びたいけど、
「どうしたの?」って聞かれたら、「それは誰にも言えない。」
そんなこんなで誰にも私を救うことはできないってわけなんです。はは。


2003.10.30

◇最近おもしろかった本
『音楽のある知的生活』渡部昇一+渡部玄一(PHPエル新書)

1930年、西洋音楽とは無縁の東北の農村に生まれた父(英語学者)と、1963年
生まれで音楽に囲まれて育ったクラシック音楽家の息子のリレー・エッセイ。
「知的〜」といっても、ぜんぜん難しい本ではないです。自らを「音楽縄文人」と呼ぶ
父が劇的に目覚めていき、ついにはピアニストと結婚、3人の子供たち全員が
音楽家になるという人生のオモシロサ。父の暴言に近い極論は痛快ともいえるし、
私と同世代の息子にはかなり共感でした。90歳を越えて健在だというハーヴィ・
シャピロー先生のエピソードなどもいい感じ。クラシックの大家なのに、まるで
ブルースマンみたい。

  “毎日、小皿に山盛りのリウマチやら何やらの薬を生のウイスキーで流し込み、
  トレードマークのキューバ葉巻を絶やさず、「おれは副作用がくる前に死ぬから
  平気だ」とわけのわからないことを豪語していた。”


2003.10.31

唯一の古い友人に結婚祝いのプレゼントを買った後、駅の本屋で文庫本を2冊
買おうとしたら、残金危うし。電卓で消費税を計算して、財布の小銭を数える。
・・・ブラボ〜!3円残るぜ!財布に1円玉3枚!なんて素敵!
家までの42.5km は、定期券でパスできるし、ブックカバーはいりません!って、
快速特急に飛び乗って、祝福しよう!これから見つける美しいものすべてを!


2003.11.2

saigenji京都駅ビル大階段に来るというのでバイクに乗って出かけた。
紆余曲折により開演時間ギリギリに到着。すると、いつもは通り抜けできる場所 なのに、「今日は混雑してるので入場規制しています!」と言って、通してくれない。 断固として入れてくれない。「せめて扉を開けておいてよ、音だけ聴くから!」と 言っても、分厚い扉を閉められてしまう。おおお〜、のぉおおおお〜〜〜! 入場無料のイベントなのにそれはないでしょおおお〜〜〜!
・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・
ともかく根性で入場できました!(・・・ああ〜ドキドキした!汗かいた!足はガクガク!・・・)
しかしステージははるか下。しかも、いくらでもスペースはあるのに お雛様のように階段に座らされ、2mぐらいある踊り場のすぐ上の段になど座らされた日にゃ、 はるか下のステージは物理的にまったく視界に入れることは不可能なわけで。立ちあがらないと ステージの「ス」の字も見えないわけで。(でも立つと怒られる。もしこれが有料だったら 訴えてますです。)ときどき警備員の目を盗んで立ちあがりステージを覗いても、 顔など分からない小さな姿、手拍子も時間差で聞えてくる。かろうじての「生」でした。 とにかく警備がやたら厳しくて身動きがとれない(勝手に席を移ろうとする と怒られるし)。途中から、親切な方のお陰でなんとかステージの見える席に移動できたものの、 狭いところに入りこんだためかなり無理な体勢で、足もプルプル震えっぱなし。しばらくすると、 楽に手足を動かせる体勢にもなれて、やっと落ち着く。 ふぅ〜、ゆったりと聴けるようになってからは気持ちよかったです。・・・と思ったら 終わっちゃった。
内容については・・・うぅ、語れる余裕なし。どんな状況にあっても めいっぱい音楽を楽しんでやる!という貪欲な私ではあったが、身動きできない状態で聴くような 音楽じゃない。もっと間近で指先や表情や音の出どころを見たかった。 見えないのは許せても、肝心の音楽がちゃんと伝わってこないのはどうすりゃいい? お祭りムードを楽しむ感覚ならそれでもいいのかもしれないけど、お祭りみたいに 会場全体が一体感を持って盛り上がってたわけでもなく(オムニバスライブだからどうしてもね)、 3分の1より上の席には熱気すら全部は伝わりきらなかった感がある。せっかくの生演奏なのに、 もったいない!主催者側も「めいっぱい楽しんでくれえ〜」って、もっと貪欲になってくれたら、 もっと楽しめたと思うのに。残念!残念! やっぱ生演奏を聴くのは、ちっちゃなライブハウスに限るなあ〜と思った。 (もしくは根性で前列確保すべし!だね。)



2003.11.3

雨の祝日。朝から薄暗い。みげるは昼間からグーグー寝ている。
夕方になって起きてきたみげるは、ちょっと元気になったのだろう、雨もザーザー 降る中、私はあまり気乗りもしなかったけど、梅田スカイビルまで出かけることになった。 「フィエスタ・ペルアーナ」の今日の催しは、ペルー人バンド WANKAR の演奏。 雨の展望台はお客さん少ないだろうなあ〜誰もいなかったらかわいそうだなあ〜 なんて思いながら出かけたのだった。そして実際、客は少なかった。 しかし演奏はものすごく良くて、不覚にも感動してしまった。あいかわらず曲もいいし 音もいいし、6人の息も合ってるし、コーラスはゾクゾクするし、演奏のきめ細かさは 以前にも増している気がした。実をいうと、「彼らのライブは何度も見てるし、曲も 全部知ってるし今さらなああ〜」ってちょっと思っていたのだけど、、、やっぱり何度見ても、 いいものはいい!朝から雨降りで客数はひとケタ、、、とテンション 下がりまくりそうな状況だったにも関わらず、いい緊張感を保った演奏で、なんというか 一生懸命さに心を打たれた。
本当にひいき目なしで、どこからどう見てもいいグループなのになあ〜、 いつも客が少ないのが非常にもったいない!どうにかならないもんかと腹立たしく すらある。もしも彼らが、たとえば街頭演奏なんかしたら、たちまちもの凄いこと になるだろうと思うんだけどね〜。ま、その辺はいろいろ問題があるのかもしれないし (ないのかもしれないけど)、彼らにも彼らなりの考えがあるんだろうけど、、、 どんなにいい演奏をしても、まずはたくさんの人に聴いてもらわないと意味がないん じゃないのかなあ〜とも思うんだよね〜、どうなんだろね〜。



2003.11.6

さてさて、いい感じ。今日も退屈をおもしろがったり、いそがしさにウキウキしたり、
理不尽を悠々とかわしたり、風に向かって姿勢よく歩いたり、雨の中をジグザグに
跳びはねたり、ちょびっと悲しくなってみたり・・・。
ちょびと悲しい理由はいつも同じ。「ひとりよがりな自分にうんざり」ってやつかな。
運転をたのしんでる? じぶんのくるま、じぶんのみち、じぶんのじんせぇ。


2003.11.7

いやややや暑くて長袖着てられんちゅうのも変なんやけどそおゆうことやなく
今年の11月はすごいですなななにがってあああやばいやばいやばいですぜ
このところコンサート前になると高熱を出してしまうワタシでありまして
きょうあすぐらいが非常にやばいんですなあああかんあかんあっかんでえ
いちおうウガイ薬など使用して喉もはれないように気をつけておりまする
んですがああ〜〜
・・・いまだに半信半疑。これは罠か?騙されているのか?私はどうなるのか?


2003.11.10

昨日はとびっきり素晴らしいライブをふたつも見るという贅沢な1日でした。
感想は、、うぅ、書けない。言葉にできない。見に来られた人達には、それぞれ
いろいろな感動があったことでしょう。それらを見に来られなかった人達に、
私の言葉で伝えられるとも思えないし。言葉は無力だー。(ああ小さくなる。)
逆に、私が日々なんとなく書き散らしている文字が持つ影響力の大きさというのも、
たくさんの人に会って話をする中で、またまた再認識してしまったわけで、、、
ますます文字を書くのを躊躇してしまうー。うー。
とはいえ、ここまで言っておいて何も書かないわけにもいかないですね、はい。

2003年11月9日(日)15:00〜『福田大治チャランゴリサイタル〜南米の詩情』
@レストラン・プカソンコ(大阪市北区)
出演:福田大治(チャランゴ)、ホセ犬伏(ギター)

開演時間ギリギリか〜とあせって歩いていたら、道であやしい集団に遭遇。道に迷っていた 演奏者と迷子救出隊の皆さん(?)でした。というわけで、20分遅れで開演。 お客さんはギッシリ満杯でええ感じ。
コンサートは2部制で、ボリビアだけでなくアルゼンチン、ベネズエラの曲も有り、 鉄弦チャランゴ、歌入りの曲も有り。福田さんのチャランゴは、 楽器そのものはとてもチャランゴらしい音だけど、時々ほんとにこれチャランゴ? と思うような豊かな音色を醸し出す。ギターもとてもやわらかく且つキレがあってク〜ル。 MCも、わかりやすくおもしろく モノマネやギャグも入って、ほのぼのとええ感じ。(関西以外でモノマネやると反応が 冷ややかだとおっしゃってましたが・・・笑)  前日の名古屋ライブから拉致ってきた(笑)サンポーニャばりばり娘ゆなちゃんとも1曲共演、 関西のオヤジ喜ぶ。(笑)
十数年ぶりの関西ライブということで、古いフォルクローレ・ファン や演奏者の方もたくさんいらっしゃったので、2次会が盛り上がりそうな気配に 後ろ髪を引かれつつも、5時半にプカソンコの店を後にする・・・

同日18:00〜 『岡田浩安、SAIGENJI コンビネーションライブ』
@レリッシュ(京都府乙訓郡大山崎町)
出演: 岡田浩安(Z,Q)、SAIGENJI(G,Vo)、中西功(Per)

どう考えても開演時間に間に合わない。大阪駅で、岡田さんと親しいKさんが、 「まだ大阪なんですが」と電話を入れて下さる。岡田さんの返事は「問題ないですよ」 とのこと。6時10分に山崎駅に着いたら、 なぜか駅の待合室で西元寺さんがくつろいでいる。先ほどの電話が効いていたようで、 「Kさんが来たから、じゃあ、始めよっか〜」というノリでした。というわけで、20分遅れで開演。 (私ひとりだったらアウトだったなあ〜、感謝!他のお客さん、お店のかた 、すいませんでした!
梅田の喧燥とは打って変わってとても静かな小さな町。駅前といってもまわりには何もなく、 暗い中にポッと灯りのともったような小さな雑貨店で、お客さんは7〜8人だったでしょうか? しかし私は騙されていたわけではなく、現実に、1.5mの目の前で演奏が始まる。 先週、京都駅大階段で、豆粒ではないにしろ絹サヤぐらいの saigenjiさんを見て悔しがっていたのが嘘のようです。 ゆったりした雰囲気の中、岡田さんの曲、西元寺さんの曲が即興的に折り重なり、 いちばん好きな「イルカ」や、一度ナマで聴いてみたかった「♪南の波間にカミナリ〜」という 超絶早口言葉歌(?)も聴けて嬉しかった。 岡田さん西元寺さんのおふたりとは2日前に初対面だったとはとても信じられないパーカッションの 中西さん、息の合わせ方、楽器(音の出る物)の使い方、うますぎ!

第3ステージ(?)@レストラン・プカソンコ(大阪市北区)
岡田さんたち3人が、福田さんの打ち上げに合流するというので、私も再び梅田に戻る。 すでにほとんどのお客さんは帰ってしまっていたけど、そこで再び福田さんのチャランゴや、 西元寺さんのケーナやチャランゴも聴かせてもらう。西元寺さんフォルクローレも メタメタうまいやないですか〜! ともかく朝からパン1枚しか食べてなかったので、牛の心臓など食らふ。こちらもメタうま! 閉店時間をとっくに過ぎて私が最終手段で帰ろうという時、本日の演奏者5名は まだ飲んでいはりましたとさ・・・
しかし、このときはただヘラヘラしてたけど、今朝起きて考えてみたら、 「よくもあんな層々たるメンバーの中に、でかい顔して紛れ込んでいたもんだ」と、 自分がこわくなりました。(ああ小さくなる。)


2003.11.12

◇きょう、おもしろかった本
『パブロ・カザルス 鳥の歌』ジュリアン・ロイド・ウェッバー編 池田香代子訳(ちくま文庫)

クラシック音楽はテレビやラジオで流れてるのくらいしか聴かないくせに何故か私は
クラシック音楽家の書いた本やクラシック音楽家について書かれた本が好きだ。
というわけで、3年前に97歳で亡くなった(生きていれば100歳)巨匠、チェリスト、
パブロ・カザルスのエピソード集。

  BBCのラジオ番組がレコードの聴きくらべをやったことがある。---(中略)---
  カザルスの演奏には作品に生気を与える独特の力がある、と結論され、それは
  カザルスが他の人びとよりもゆっくり演奏するためだろう、との推測のもと、番組
  はいくつかの演奏をストップウォッチで計ってみた。そして明らかになったのは、
  カザルスの演奏はもっとも速い部類に属するということだった。

これで思い出したこと。ペルーワイノなど練習中に、「“まったり感”が足りないね〜」といって テンポを落とす。
そしてその伸び切ったゴムみたいな演奏に自らしんどくなって、「もう少し速くやろう!」と いうことになる。
テンポを上げると確かにダラダラ感は誤魔化せるんだけど、マッタリのマの字もない走った 演奏になってしまい
ぜんぜん気持ち良くない。「だからあ〜〜〜、速さのモンダイじゃなくてえ〜〜〜、CD聴いたら かなり速くても
まったりしてるやんかあ〜〜〜!ゆっくりの曲でも弾力と張りがあるやんかあ〜〜〜!」 と泣き叫ぶ(?)
・・・てなことがよくありましたね。(笑)


  「私は芸術家だが、自分の芸術を実践するときには、私は結局一介の筋肉労働者なのだ」

クラシック演奏家の練習量というのは凄いものなんだろうな。うっうっ。 とても真似できましぇん!


  「だれもカザルスがチェロを演奏しているとは思わなかった。彼は音楽を奏でているのだ」
                            −−− ポール・トルトゥリエ

確かに上手い人は「演奏している」という動作を感じさせない。
技術が確かだからこそ、表現することにだけ集中できるんだろうね。


  「抑揚は良心の問題です。生活のなかでなにか悪いことをしたと気づくとおなじように、
  ある音がよくないと気づくものなのです。悪いことはほうっておいてはいけません」

ははあ〜、わたしも良い子にならなくてはいけませんね・・・。(現在、やさぐれた乱暴者。)


  「なにをするにせよ、悪趣味は単調よりはまだましだ」

私にとって救いの言葉(?)。ああっもう、これしかないかも・・・!(涙)



2003.11.16

梅田スカイビル空中庭園展望台 14:00〜20:00
『フィエスタ・ペルアーナ 〜 フォルクローレ・フェスティバル』

演奏スタイルも様々な、13組のグループ(個人)が出演。好きなグループがいっぱい。
・・・今日は小さなステージで、リラックスしたいい演奏ができるだろうと思っていた。
(11月30日のフォルクローレ・フィエスタ@吹田メイシアター(150人収容!)などは、
緊張しすぎてボロボロになるに決まっている!ああ、やだやだ、ホールはやだ!)
明るいうちはお客さんが少なめでせっかくの素晴らしい演奏がもったいないなあと思って
いたのだけれど、私たちの演奏は5時過ぎからで、控え室から出てみると椅子は満席、
後ろには立ってる人もいっぱいではないですか!げっげっげ!ちょっとビビッた。
手が震えるほど緊張したわけではないけど、無意識に緊張してたんだろうな。いつもと
違う速さになってしまったり、間違いをとっさにカバーできなかったり、ダメダメでした。

それにしても、緊張しすぎも緊張なさすぎも良くない。そのコントロールが難しい!
技術を鍛えるより精神を鍛えることの方が難しいやろね。(どっちも鍛えてないけど。)
緊張やあせりを最小限に留めるには、じゅうぶん練習してじゅうぶん場数を踏んで
自信を貯えることしかないでしょうかねえ。(そりゃ歳月を要するなあ〜)
でも、いつも涼しげにリラリラックスクス状態で演奏している先輩グループの方が
控え室できっちり練習しているのを見たとき、はっとさせられた。
ビールを飲みながらでさすがに余裕だな〜と思っていたけど、もしかしたらその方も
その方なりに緊張と闘ってはったのかもしれない?と、ちょっと思った。


2003.11.18

・・・運転免許の更新で違反者組の2時間講習を受けた。講師のかたはとても
話が上手で、というか、一生懸命に話してくださるのでなんだか感動してしまった。
なにしろ講習が終了したとき、拍手が起こったほどだった。
・・・拍手といえば、このあいだ祖母の十三回忌で、お坊さんの気持ちいい読経を
うっとりと聴いていたら、だんだんゆっくり(ritardando)、そして鐘がカーン、、、(fine)
思わず拍手しそうになって慌てた。ちがうちがう!(コンサートばかり行き過ぎ?)
・・・ちがうといえば、その法事のとき、「故人のことを思いながらお焼香してください。」
と坊さまが言った。祖母の想い出といえば、、、ちょっとコワイことしか思い出さず、、、
そうこうするうちに、ああ、私の番だ。ええっとぉ、おばあちゃん、長生きしてください。
思わずそうつぶやいてしまい、ちがうちがう!と自分で突っ込む。。。


2003.11.21

16日の演奏会の録音を5日経ってやっと、勇気を振り絞って聴いてみた。(冷汗)
ネックは私の歌!超絶音痴〜!耳が壊れる不協和音〜!うぎゃう〜〜〜ん!
以下、見苦しい言い訳です。トホホ。

だいたい練習のとき、みげるは歌詞をウロ覚え、みきやんはマンドリン弾きながらは ちゃんと歌えない
とか言うし、ほとんど私がメインで歌っていたんだけど、本番直前になってみきやんの 声が出るように
なってきて、そうなると3人ユニゾンで歌うのも気持ち悪いので、急きょ、私が セカンドを歌うことにした
んだが…。なんといってもセカンドパートを考えたのが前日でして、今、 見なおしてみると何ヶ所か
良くない音が混じっていたりもしたんだが、まあ予定通りに歌ってないので あまり関係ないか…。
で、本番。みきやん、思いがけず声がでかい!高音がよく響いて素晴らしき歌声! 圧倒された私は
さらに超音痴に〜!はらひれほ〜! いやまあ、練習不足なんですが・・・。はぁ〜、すんまそん!


今回、みげるはいつになく卒がなかった。最後の曲で、ケーナの入るところを忘れて
手拍子に夢中になっていたが、突如マンドリン・ソロが出現して、その分曲が伸びた
だけで特に問題なかった(よくあることだ)。でもそれに惑わされて、盛り上げ損なって
終わっちゃったのは私の失敗でした。ともかく私が一番ヘタクソでした〜。クッソ〜。


2003.11.28

WANKAR(ワンカル)@ベースオーサカ(大阪市北区)
小さなライブハウスがぎっしり満杯の人。座れない人もいて熱気に包まれた店内。
入れ替えなしの3部制で異常な盛り上がり。たまたま来ていた常連客の方も満足そうに
されていたし、私は見知らぬ人から、「右端の子はなんていう名前?」「CDは出てるの?」
と熱心にいろいろ訊ねられた。この間のフィエスタ・ペルアーナ@スカイビルでも1日目(11/3)
は雨で展望台に上がってくるお客さんがいなかったけれど、2回目(11/23)は大入りで
受けもよく、(そりゃそうだ、見ればみんな気に入るんだから!)もうほっておいても軌道に
乗っていく感じでひと安心。このようにして子供達は巣立ってゆくのですね。(笑)


2003.11.29

この一週間、異常に眠い。病的に眠い。寝不足でもないし過労でもないのに、歩いていて
フワッとのけぞって倒れそうなくらい眠い。水の中を歩いてるみたいに体が重いし、まぶたは
下がってくるし、息をするのも面倒くさいし、身体中の細胞が空中に拡散していく感じのだるさ。
冬眠の季節だからか?現実逃避か?それとも来たるべきときに備えてのサナギ状態・・・?
眠れないよりまし、と、敢えてこの状態に甘んじにゅ・・・


2003.11.30

『フォルクローレ・フィエスタ2003』@メイシアター小ホール(大阪府吹田市)
アマチュア演奏者が自ら企画した今年発足のスポンサーなし手作りイベントで、 演奏参加は 13組+ゲスト4組。入場無料。約150席がほぼ満席で立ち見も少々、てな感じ。
とにかくいろいろな面で細かい配慮が行き届いていて、アバウトなラテン系イベントに 慣れている私には驚愕&恐縮の連続でした。しかし何から何まで演奏者が分担して企画・実行する というのは本当に大変なことと思います。開演後すぐは、舞台の上も下もピリピリと緊張感が ただよっていた気がします。私自身、あまりガチガチの緊張の中で音楽を聴くのは好きじゃ ないので、会場全体にビールをぶっかけたい気がしないでもなかったのですが・・・。 しかしながらプログラムが進むにつれてどんどんいい雰囲気になっていきました。 どのグループも一生懸命な演奏で一般のお客さんにもその熱意が伝わったことでしょう。 てな感じでありまして、年に一度くらいこういうイベントで痩せる思いをするのも悪くない かもしれません。ライブハウスのあの甘くトロ〜ンとした空間でゆったりと、力の抜けた音楽に ひたるのが好き、ということとはまた別の次元のこととして・・・。 まあ、祭、ですな。学校祭に近い感じの祭。


2003.12.1

楽しかったことだけを胸に・・・。
恥ずかしいことはゴミ箱に押し込んでフタをしてしまおう。(わ〜入りきらん!)


2003.12.3

午後2時にして斜陽。本格冬になりにけり。陽射しはキラキラと。
街路や公園の木々に、赤や黄色の秋が残ってる。


2003.12.8

自分が人前で演奏したときの録音というのは、聴こうという心持ちになるまでに
最低5日を要するのであった。そうこうするうちに暮れも押し迫り忘年会シーズン。
年も忘れ、何もかも忘れなきゃ生きてらんないわってな今日この頃でありまして。
ためいき大魔王。自己嫌悪的憂鬱の日々。CD屋さんにて丸1日試聴して過ごす。
わいてくるのは疑問、疑問、疑問、そして焦燥。しあわせになりたいのに。
悲しくなるのは遺伝子の異常か環境ホルモンか何かそんなものの影響なんだろう。
不幸でもないのに泣きたくなるのは、脳内物質が何か足りないせいなのだろう。


2003.12.11

MAL-VIVIRの録音を聴いてたら。ヘタなときのほうがうまかった。ん?(^-^?
ギターとチャランゴが違うコードを弾いていようが、ケーナのリズムが狂いまくろうが、 声がかすれて音程ハズしていようが、くりかえしの順番を間違えて曲が長くなったり 短くなったりしようが・・・。そんなこととは関係なく、気持ち良くギターの弾けた日と そうでない日がある。まるで何かにせき立てられるように不安な気持ちのまま、なにか イヤダ!と思いながら弾いているときがあって、力士ふうに言うと、 「自分のギターが弾けませんでした。」とでもいうのだろうか?(^-^;  そんな日は、目立ったミスがなくとも後味がとても悪く、後日録音を聴いても腹が立つほど ぜんぜん良くない。
「音楽に大切なのは“自発性”だ。」という巨匠の言葉を思い出す。 そうそう、そういえばあの日の私、自分で音を出してる気がしなかったもの。きっと 誰か悪い奴が(誰やねん?)遠隔操作か見えない糸で私を操っていたに違いない。 (どうせなら音楽の神様が降りて来てくれないかな?)だけど私は昔から、「はやく宿題しなさい」と 言われると、「今やろうと思ってたのに!」って逆ギレするタイプ。ステージでも キレるべきだったか。誰も私をせかさないで!私の弾きたいように弾かせてよ!ってね。 つよい意志をもって。


2003.12.15

あふれる情報。こぼれる記憶。メモリーオーバー。目盛りオーバー。思考停止。
削除、削除、削除−思考停止のままで−無意識下で−削除、削除、削除。
永遠に闇へと葬られる今この瞬間。記録に残らない小さな人生。
「人は人とのつながりを確認するために生きている」と何かの番組で言っていた。
他者(自然界のあらゆるもの)とのつながりを一切感じることができないまま
ひとりで死んでいくとき、そこにあるのは計り知れない虚無。
そんな場所に病気の魂がときおり迷い込む。
今日の日付もわからなくなったとき、そんな理由で日記を書く。


2003.12.16

すべての生命は永遠をめざす。生きるために生きる。疑問など持つことなく。
まっすぐに、ひたすらに。尽きることのないその力はどこからくるんだろう?
その原動力は何?
・・・わからなくなるときがある。そんなあたりまえの力を持てないときがある。
友人のホームページが更新されているのを見つけ、ああ、今日も元気でいるん
だな、ってうれしく思った。そしたら私も動き出せる気持ちになったんだ。
そうか、たったこれだけのこと、だったんだ。


2003.12.19

難病から奇跡的に回復されたという生命科学者・柳澤桂子氏の本に出会う。
原因不明で病名もわからない病状は、ときに「心身症」と診断され、ろくに治療も してもらえないことすらある。痛みは客観的に測定されないので、本人がどんなに 苦しんでいても、「気の持ちようでは?」と言われてしまう。程度の差はあれ、 このような辛さを味わった人はたくさんいるだろうと思う。
柳澤氏は、30年もの長い間にわたってめまい、嘔吐、激痛に苦しみ、ついには 完全に寝たきりとなり、食事もとれず点滴だけで生き長らえるという状態であった。 にも関わらず、感傷的になりすぎることもなく、 さすがにもともとDNA等の研究をされていただけあって、冷静に、客観的に、科学的に、 あるときは超科学的に、病気や生命について語っておられる。
病気のときに感じたことはすっかり回復したときには忘れてしまうものだ、ということに 私も同感である。病気をした本人ですらそうなのだから、ずっと健康でいる人が病気や病人に ついて理解するのは容易なことではない。理解を得られないがために辛い日々を 強いられている闘病中の人たちのためにも、病気のときにしか書けないことを書き残して おくのは大切なことかもしれない。


2003.12.21

梅田スカイビルにて、クスコの養護施設支援チャリティーコンサート。
私はアマウタの生徒として十数名のシクリとサンファニートにギターで参加。
良かったのか悪かったのか、ぜんぜんわかんない。
それとも、そんなことはどうでもよかったのか。。。


2003.12.22

酒びたりにて叫びたり。
宇宙からの電波を受信して上機嫌。いまや自分で電波発信も可能。
ほら、封筒に羽根が生えてパタパタと飛んでいく。ぶー、ぶー、ぶ〜〜〜!
文字では伝えられないこの調子!あ〜、自由とデタラメは違うんだって?
デタラメじゃない証拠に、ちゃんとやろうと思えばやれるのれす。
ふつうの人のようにできますれす、死んだふりでしょ、簡単じゃん。
あああ、魂が消えていく。ミュージシャンが多すぎる。音ガクが多すぎる。
もっと静寂を大切にするテレビ局がひとつぐらいあってもいいのにね。
26日にもなればなんの価値も無いペケマスケーキがこの国の悲しみを語る。
祭の死。もともと形だけしかなかったけどね。
ああ、熱い想いは何の役に立つ?ムナしい。ムナしい。ムナしいよう〜!


2003.12.24

「なんかしらんが今日はごちそうを食べる日らしい♪」と言って、痛風で糖尿のミゲルが
鶏の丸焼きとケーキを買ってきました。「たまにはええやろ〜」と言うのですが、前日も
「忘年会のときぐらいええやろ〜」と言って食べまくっていた気がします・・・。
安いスパークリングワインを開け、『丹下左膳 妖刀濡れ燕』を見ながら、鶏の照焼き
(思いきり和風、醤油味)を食べて上機嫌でした。しょせんクリスチャンでもなく、
行事にかこつけて飲み食いしたいだけなのでした。チャンチャン。


2003.12.25

クリスマスに神様からの贈り物。前から欲しかった魔法の薬。
透明人間になった私はワクワクして街へ出た。さあ、どんなイタズラをしようかな?
と歩いていたら、前から相撲とりの集団がやってきた。あ?あ、あ、あ、という間に
私は車道にはじきとばされてトラックにはねられ、そのままずっと、誰にも見えず、
いつまでもいつまでも車にひかれ続けましたとさ。おわり。


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